スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

2015-04-26から1日間の記事一覧

本人告知への道⑧ 最終章〜終わりのはじまり

3度目の正直でやっと辿り着いた「今」。 わたしはこの今を大切にしたい。 もうチャンスは逃さない、逃したくない。 今のほかに、いつがチャンスなの? 娘は答えを必要としている。 謎を解きたがっている。 今、すぐじゃなくてもいい、 少しずつ元気を取り戻…

本人告知への道⑦

通常学級の練習期間は、娘にとってもわたしにとってもつらい日々でした。 6年生の移籍に向けて、支援がなくても過ごせるように、協力級の中ではほとんど見守りの形で様子を見ていたのだと思います。 通常級に移ったら支援は途絶えてしまう。 だから少しずつ…

本人告知への道⑥

4年生の冬、告知の方向へは進まなかったけれど、 娘が通常級へ移りたい、という決意を示した5年生・・ その時が2度目の告知のチャンスだったのかもしれません。 医師から障がいについて本人に説明してもらい、それであえてどうしたいか考えてもらう・・ 通常…

本人告知への道⑤

運命の5年生・・娘にとって、踏んだり蹴ったりな1年だったかもしれません。 新年度からいやな予感はしていました。 支援級の中で1番評判の悪い先生が、娘の担任になったからです。 しかも男性・・ わたしの理想からはかなりかけ離れてしまいました。 しかし…

本人告知への道④

「そろそろ障がいを告知・・?」と意識するようになったのは、4年生の冬です。 それ以前から、少しずつ友だちとの関わりで小さなもめ事や悩み事が出始めてはいたのですが、 「どうしてわたしは支援級なの? あんなバカな人たちとは一緒にいたくない」 「わた…

本人告知への道③

娘にはいずれ障がいについての説明をする時がくるだろう。 そこは避けては通れないだろう・・ そう感じたのが小学校にあがってからなのだと思います。 支援級に在籍することを、時折知り合いに説明しなければならない時があります。 それは主に、同じ境遇の…

本人告知への道②

はじめて2人で医師の診断を聞いた時、オットは「軽いんでしょ?」と言いました。 その後、娘のことでオットとは殆ど話しませんでした。 わたしの中でその一言がずっと引っかかっていたからだと思います。 オットの娘の障がいに対するイメージが、この一言に…

本人告知への道①

娘が自閉症スペクトラムと診断されて8年半、いつから本人への告知を意識し始めたんだろう・・ 記憶がおぼろげですが、多分小学校入学の頃だと思います。 それまでは、年齢的にももちろん、娘の理解力も少なかっただろうし どうやって伝えるべきかのイメージ…