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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (13歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

オレたちひょうきん族の懺悔の神さまは今どこにいるの!?

不登校

娘の登校拒否にあたり、学校を休み始めてから、児相、SSW、SCと立て続けに相談を受けさせてもらいました。

そのほかにも通級教室との問い合わせや、支援学級についての保護者からの意見取りまとめ、学校とのそれらの連絡調整もあり、めまぐるしい3週間でした。
そして先日、ある程度のひと段落がついた・・という感じです。
その最後のしめくくりとなる、スクールカウンセラ(SC) のカウンセリングを受けました。
今回、短い期間で2度のカウンセリングを設定してもらいました (お忙しいところ恐縮です) 。
娘の希望で私も同席という形でお話を聞きました (私がいると話しにくいのでは・・と思いましたが) 。
SCと娘のやり取りは、これまでの児相やSSWとほぼ同じようなものでした。
1度目の時からSCは
「何か言いたげなのに伝えられないのはもったいない。思いがあるのにがまんしていない?」
「萎縮してあきらめているように見えるけど、それはまわりを察したり気を使っているということなので、まだやれそうに思う」
「あなたの成長したい気持ちをお手伝いしたいです」・・
などなど娘に声をかけてくれました。
そして2度目。
はじめに娘に時間をもらって、SCと私の2人でお話することに。
私から見たこれまでの、娘の小学校生活の流れと、今回休んでしまったことについて。
3歳の頃から療育を受け、幼稚園では介助員をつけてもらっていた娘には、やはり小学校でも継続して支援が必要と感じ、支援学級からのスタートでした。
支援学級という小世界での関わりは、娘にとって無理のない、安心して過ごせる場所だったと思います。
少なくとも3年生くらいまでは・・
娘が成長するにつれ、支援学級では物足りない、きゅうくつな部分も出てきたのかもしれません。
また、少しずつ「なぜ自分はここにいるのか?」という思いも生まれていたかもしれません。
娘の成長とその思いをうまく見極めながら、支援学級だけでなく協力学級 (担任や友だち) への 働きかけ・・
通常学級を見越した支援のスライディング・・
いえ、もともと支援級と通常級のバリアフリー化が整っていれば、4年生の頃にはスムーズに通常学級へ移してあげられたのかもしれません・・・
これは私自身の懺悔の思いです。