読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (14歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

頑張らないマン

「頑張りすぎなくていいよ」

娘にとってはそれがどれくらいの加減なのかわかるのだろうか?
とりあえず、今の状態を、娘が自分なりに「頑張りすぎてる」と感じているとして、
じゃあ「頑張りすぎなくていい」は
どれくらい手を抜いたり、チカラを抜けばいいのか・・
そんなの、お母さんだってよくわかんないよ・・・
私の経験の中で思うこと・・
自分なりに納得したり、気がすむまでやりたくて、多少無理をしても仕事をする。
すると周りからは「大変だね」「息抜きでもしたら」などど声をかけられる。
確かに疲れはあるものの、自分では「大変」だとか「息抜きしたい」とか思わない。
とりあえずやれるとこまでやらなきゃ気持ち悪いし、中途半端に片付けてよけい面倒なことになるほうが面倒なのだ 。
それで後から体が不調になったりすれば、
「ああ、無理したかな」と思うかもしれないけど、
自分が一生懸命の時って、どれくらい頑張ってるとか、無理してるとか、自分では気づかないような気がする・・
だから娘も「頑張ろう」と思って頑張っているうちは、
自分がどれくらい頑張ってるとか、無理してるとか、わからないというか気づかなかったんじゃないかしら・・
そしてとうとう学校に行きたくなくなり、体が動かなくなり、無理に行くと固まってつらくなる・・
周りから「頑張りすぎたんだね」「そんなに頑張らなくていいよ」と言われ、
「ああ、私って頑張りすぎてたんだ・・」
そこでやっと気づいたのかもしれない。
それとも、
「私はいつもこんなに頑張ってるのに、誰も気づいてくれない、誰も認めてくれない、誰も・・」
そんなふうに感じていたのかもしれない。
何にしても、その「頑張りすぎ」を
「頑張りすぎなくていい」状態にするには、
まずは「まったく頑張らない」ところから始めなければ、
理解できないかもなあ・・