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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (14歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

本人告知への道③

娘にはいずれ障がいについての説明をする時がくるだろう。

そこは避けては通れないだろう・・
そう感じたのが小学校にあがってからなのだと思います。
支援級に在籍することを、時折知り合いに説明しなければならない時があります。
それは主に、同じ境遇のお母さんだったり、親しくしている信頼できるお母さんだったり。
それはそれで良いのですが、やはり不必要に娘のことを口にする気にはなれませんでした。
理解してもらえないから、恥ずかしいから・・ではありません、
やはり、まわりまわって娘の耳に入ることを恐れたからです。
それと同時に、発達障がいに関する本などを読んでいるうち、
当事者の方の手記にたどり着きました。
その中で、大人になってから障がいを知った人たちが話す、
「障がいと知って気持ちが楽になった」
「もっと早く知りたかった」
・・という言葉たちによく出会います。
それとは別に、親御さんや専門家からの話で、
主に小学生の高学年あたり・・思春期にさしかかると、精神面でいろいろな変化が出てきて自分に疑問を持つようになる、とか・・
そんな情報を目にするたびに、
「思春期は難しい時期なんだ・・」
「できるだけ娘に合った形で伝えられるといいなあ」
漠然と考えてはいました。
時々娘から
「どうしてわたしは支援級なの?」
「どうしてこの病院に行くの?」
そう質問されました。
さり気なく娘の特性や苦手さを伝え、それを補うため、安心して生活するため・・みたいなことを話したように思います。
それで娘がどこまで理解したり納得していたのかは正直わかりません。
支援級や病院に対して、何となく不思議に思っていただろうし、友だちからそんなことを聞かれたこともあったかもしれません。
それでもその頃はまだ、娘はそれが自分の生活の一部と受けとめていたかもしれない。
母親から言われるがまま、素直に従っていたのだと思います。
娘の素朴な疑問に素人的な説明しかできず、こんな言い方でいいのかな・・と悩みながらも、
それでも、学校生活や家庭での生活の中で、それなりに順調に過ごしていれば、告知についてあまり意識もしていませんでした。
その頃はまだ・・