スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (14歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

わたしのカウンセリング

娘が放課後等デイサービスに通うようになってからまもなく、そこの心理士さんから、

「お母さん、カウンセリングをしてみませんか?」と誘われました。

心理士さんいわく、ここで対象になる子どもを見ていくだけではなく、お母さんとも話をしていくことで、何かの手助けになるのでは・・・と考えているそうです。

 

娘が就学前に通っていた療育センターでは、カウンセリングまではいかなくとも、

療育が終わって娘を遊具で遊ばせている合間に、担当の先生と日頃のできごとや相談をしていましたし、

先生から細やかなアドバイスがもらえることで、精神的におだやかに過ごせていたと思います。

療育的なことって子ども本人だけじゃなく、家族・・・特に母親が一緒に受けるような気持ちで行うのがいいなあと、まわりからも自分でも感じていることでした。

しかもカウンセリングなんて楽しそうじゃない?

 

わたしは自分のことに興味があるし、自分の知らない(気づいていない?)自分に会ってみたい。

そして多分、自分の弱い部分、痛みの部分に足を踏み入れることになるんだろうなあ・・・

そんな予感、というより確信がありました。

それは望むところでもありました。

わたし自身がそこにいる自分を解き放ちたかったからだと思います。

「ぜひお願いします」

 

はじめは娘のこれまでの経緯や最近の様子などを話すことが多く、娘の情報集め的な感じだったのですが、

ある時「こういうお子さんには、時々、母親や家族の闇の部分を抱えて引き受けてしまう事がある」と言われました。

また最近では「お子さんの特性についてお母さんの思うところはないですか?」

など、わたしのこころの中の深いところにやんわりと入りこんでくるのです。

ゆっくりと。

 

そんな中で、私は順序立てて、時にはとりとめもなく、感情を吐き出しながらも、自分を見つめ返すことをしていくのです。

そのことは私にとってつらい作業でもありますが、結果的には心地よく、望んでいたことでもあります。

そうしなければ、私はこんなにも安心して娘をデイに託すことができなかったかもしれません。

また、こうやって第3者の誰かに気持ちを吐き出すこと・・・夫でもなく、家族でもなく、友人でもない、専門職のひと。

それがどれほど、私を支えてくれていることか。