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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (13歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

ライフイズビューティフル

何回目かの、わたしのカウンセリングの日。

いよいよ、自分の中の核心に触れる話をしなくてはいけないのかなと思っていました。
ただ、ありのままを話す必要があるのだろうか? という疑問があり、そのことを心理士さんに伝えました。
それで、少し違う方向から話が流れ始めました。
心理士さんとの流れのなか、娘の今の状況を話すうちに、自然と自分自身の子ども時代をふり返っていました。
わたしは、自分のことよりまわりの人のことのほうを優先すべきなんだと長い間考えていて、高校生頃だろうか…みんなはそうじゃないんだ、みんなはまず自分が1番なんだと新鮮な驚きがありました。
また、人になかなか助けを求めることができないところがあり、自分1人で考えて、なんとか答えを見つけ出したり行動することも多かったです。
それらのことは、今思うととても不便で無駄のある生き方だったかもしれません。
しかし、自分の身ひとつの頃はそれでもよかったのですが、夫や子どもと共に生きはじめることで、自分のその生き方が、家族全員を巻き込んでしまっている…ような気がしてきました。
実際そうだったんだと思います。
わたしが色々と抱え込んでしんどくなると、表には見せていないつもりでも、自然と家族にもしんどくさせていたのでしょう。
そして一瞬浮かんだことは、自分が抱えているそのしんどさのようなものを、娘がそのまま抱え込んでしまった…
そこに存在するのは娘ではなく、娘を媒体にしたわたし自身の姿なのではないかと。
しかし同時に感じたことは、娘が不登校になることで、
「お母さん、もっとめちゃくちゃになっていいよ、大変だって言いなよ」と、
無意識のメッセージを届けられたような気がするのです。
そんなふうに流れに乗って、何かを感じながら話をしていると、
心理士さんに話すべきだった自分の核心の部分を、違う表現で伝えられたように思います。
わたし自身の生き方が、娘の不登校に深く影響しているのではないか…という気づきは、わたしにとって空恐ろしいことでした。
しかし、結果的には娘とわたしを同時に解き放ってくれる答えなのかもしれません。
 
その夜娘は夕食後すぐ眠ってしまい、夜になって「まだ眠れない」と言うので、背中をマッサージしてもらいました。
お返しにわたしも娘の背中を揉んだり叩いたりくすぐったり。
心の中もほぐれたのでしょうか。
娘はもじもじと何かを言いかけては言えない様子でした。
何度目かのトライでやっと、「ファンタジーの話が書きたい…文章も絵も…」と話してくれ、どうしたら書けるだろうかと聞いてきたのです。
 
…今日はとてもいい日でした。
だって、不登校になってから初めて娘が「やりたいこと」を声にしてくれたから。