スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (14歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

明日、ヤンママになります (もちろんヤンキーママ!!)

心理士さんは「お母さんの場合は、発達障がいのお子さんに対して、不適切な育て方ではなく、適切な育て方をしたために、かえって娘さんがこじれてしまったのかもしれない」…というような話をしてくれました。

うれしいのか悲しいのか…。
でもなんとなく、言わんとすることは伝わります。
心理士さんは人と人との関係をこう話してくれました。
『人のかたちは半円で直径は凸凹なもの。その凸凹をお互い察知して、補いあって丸いかたちになろうとするもの』
普通の子どもであれば、それなりにかみ合わせることができても、娘の場合はそれができなかった。
それは相手の凸凹な情報をキャッチしずらい娘の特性でもあるし、母であるわたしからの情報が見えにくいからでもある…かもしれない。
娘にしてみると、わたしという母親は感情の起伏があまりなく、情報の取りにくい、生きている実感のない生き物に見えていたのかもしれません。
わたしは、正しいと思える道があるのなら、多少大変であってもその道を歩く努力をしたいし、忠実でありたい。
あれこれ試行錯誤するよりは、わたしにとっては気が楽な部分もありました。
叱るなと言われれば叱らず、喜怒哀楽をおさえたほうがいいとなれば努めてきたと思います (もちろん、常にではありません)。
それ以前に、娘に対してどのように関わりを持てばよいのかわからない面もありました。
しかし、そういうわたしの態度や言葉の足りなさが、娘を戸惑わせたり、悩ませたりした要因になっているのかもしれない。
もう少しハメを外したほうが、娘には刺激的なのかもしれない (適度には外してるんだけど)。
そのほうが、生きている姿を見せられるのかもしれない (それなりに生きることを楽しんでるんだけど)。
こうなったら、娘とケンカでも家出でもやっちゃっていんじゃね? みたいなヤンキー母さんに変身しようかと検討中なのです。