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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (13歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

チェスの駒

自分のこと

自分を切り離して、相手の立場になってものを感じたり考えることはわりと難しい。

 相手との距離や位置を変えたり、時間やタイミングをずらす必要がある。

子どもたちが生まれて、人並みに子どもへの愛情は持っていたと思う。
特に娘には、障がいがなければ多分感じなかったであろういとおしさを感じることがある。
逆に娘の存在が時おり疎ましい気持ちにかられてしまう現実。
そしてその気持ちを否定して、そんなことはない、娘の存在は望んでいたこと、生まれるまで、生まれてからの楽しい満たされた気持ちは嘘じゃない、障がいという事実がそうやって迷わせるだけなんだと確認する。
だけど、このカウンセリングを経てここに遺りはじめた残骸は、
わたしは娘そのものも、障がいというものも、子どもたちという自分の家族であり、血のつながりのあるものに対しての受け止めがうまくできていなかったのかもしれないということ。
なぜなら、自分が在る家族というものや誰かの子どもであること、誰かが親でありきょうだいであること、血のつながりのある関係というものを嫌悪していたから。
だからその生々しい、しがらみのある空間から目を背けるようになっていった。
子どもの頃から家族の外側を見つめ始めていたように思う。