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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (14歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

すばらしい選択 〜 これでいいのだ

娘は4年生になってから、少しずつ悩みが増えてきて。
それは周りの友だちとのぎこちなさだったり、支援学級の中にいる自分への違和感だったり。
それはつまり、自分の周りにも少しずつ目を向けられるようになったという事。
そして彼女なりに出した結論が普通学級へ移ることだった。
娘がもう少し勉強が好きだったら、
もう少し友だちとの雰囲気を楽しめたら、
もしかしたら乗り切れたかもしれない。
でもそれほどの力はなかった。クタクタになって疲れきってしまった。同じく私も。
周りが思うほど彼女は、勉強が好きでもなかったし友だちとも関われなかった。
自分の大好きな独特の世界を持っていた。
娘が普通学級に移りたいと言った時、支援学級に残るべきか、普通学級へ移籍するべきか…。
本来、支援学級で過ごしてほしい私はしばらく悩んだ。決断してからは迷いはなかったが、気持ちを維持するのは努力が要った。
そして不登校になってから今まで、色々な反省と自問が何度も繰り返される。
どちらにしてもうまくいかないのなら、後のフォローを考えるなら、支援学級に残すべきだったのかな…。
何度もそれを思い悔やみそうになるのだが、やはりこれで良かったんだの結論にはなる。
なぜなら、娘が自分で一生懸命考えて出した答えだから。
そして不登校という答えも自ずから出したのである。
選択をするというエネルギー。
例えそれがマイナスに思える選択だったとしても、
すばらしい彼女の選択であったのだ。

心理士さんはいずれにしても、娘はいつか不登校になってしまっただろうと言ってくれた。
気休めだとしても、私には幾分救われる言葉であった。
またそれ程に娘の特性が簡単なものではなく、躓いてしまったこの状態を、長い時間をかけて支えていく覚悟がいるのだな、と感じた。

また心理士さんは、娘が今、幼少期に取りこぼした物を拾っている、
幼い頃のやり直しをしているのだと言った。
だから母が寄り添って、同じ目線で見たり聞いたり、顔を見合わせておしゃべりをし、たわいない事で笑い合うのが大切なのだと。
それをちょっとずつ、積み重ねていけば何かが見えてくるような気がする。

娘が今、少しずつ回復しようとしている。毎日の中では目に見えないけれども、長い期間で見れば形となって現れるのであろう。
その形が、それなりの意味を持つモノとなった時に娘は、
今度はどんな選択をしてくれるのだろう。
それを楽しみに今は日々を過ごそう。
あなたの成長を信じて、夢見て。

みかんの籠が置いてあるコタツに入って、温かいほうじ茶を飲みたい。