スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (14歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

本人告知への道②

はじめて2人で医師の診断を聞いた時、オットは「軽いんでしょ?」と言いました。

その後、娘のことでオットとは殆ど話しませんでした。
わたしの中でその一言がずっと引っかかっていたからだと思います。
オットの娘の障がいに対するイメージが、この一言に集約されていると感じました。
なので、娘の障がいに関するあれこれは、全部わたしが引き受けようと決めました。
療育も進路(幼稚園)も・・
なぜか、オットにもっと勉強してほしいとか、色々と相談に乗ってほしいとか、考えられませんでした。
「軽いんでしょ」という言葉でオットは冷静さを保とうとしているのかもしれない。
そんなオットにそばであれこれ言いたくないし、もめたりこじれたくない。
今はそれでいい・・いつか正面から向き合って話し合わなければならない時がくるだろう。
・・その時がきたのは小学校入学の、支援級在籍に関わってでした。
「軽いんでしょ」と思っていたけど、まさか普通学級に入れないくらいのレベルなのか?
・・みたいな反応でした。
入れないレベルって・・そりゃあ「うちの子は大丈夫です、普通学級でいきます」と言えばそっちに入れてくれますよ・・多分。
でもそれじゃあ娘がしんどいんですよ。
・・まあ色々話し合って、わたしの思惑通り支援級に入りましたが・・
その時点で、オットの中には
「娘は支援級」という事実に、多少の戸惑いを感じていたと思われます。
わたしはよその街からやってきた地方妻なので、この地域の人たちのしがらみはありません。
やや小さめの地方都市ですが、あまり人目を気にすることもなく、
立場がどうとか、知り合いがどうとか殆どありません。
だけどオットはここで生まれ育ちました。
職場も地元です。職場の人たちもお客さんも地元にいます。
だからどうしても、娘が支援級だと言うことに、違う意味で意識せざるを得ないのだと思います。
そんなオットを許せないとは思いませんでした。
やはり人目は意識するものだと思います。
・・そういうのもあって、何となく
遠くのわたしの両親や親戚には、支援級のことは話していません。
近くに住んでいる義父母には、運動会などの行事を見に来てもらう関係もあって、変な形で知られるよりは、先に話そうということで
入学前にオットから話してもらいました。
きっと驚かれたし、ショックもあったと思いますが、おおむね今まで通り自然に接してくれたことが救いでした。
(ただ義母は、娘の会話が増えてきた時に「治って良かったね」と喜んでいましたが・・それはそれでいいのです)
そして本人に対しての気遣いもあるのですが、基本的に娘の障がいのことをオープンには話してきませんでした。