読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (13歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

君は僕の太陽だ

わたしが受けているデイの心理士さんのカウンセリング。

心理士さんはデイに通う子どもの支援だけではなく、その母親も一緒に支援をすることを大切にされています。
母親がカウンセリングを受けることで、子どもの療育の、その家族の手助けになるように…と考えておられます。
母親が子どもに対する接しかたは、その母親が母親にされたようにしていることがあると。
自分の親との関係が、自分と娘との関係に影響していると話されました。
そういう話を聞くと、『連鎖』という言葉が浮かびます。
心理士さんは、母親は家庭の中では太陽のような存在だと言います。
「わたし、家ではそんなにテンション高くないですよ」と申し訳なさそうに話すと、
太陽は明るくなくてもよい、静かに佇んでいてもよいのだと。
存在としての太陽、元気な太陽。親は子に何かを与える、注ぐもの。
親とは、そういう意味で子どもより上の立場なのだと。
それが親と子の関係。だから心だけでなく体も元気なことが大切だと話されました。
そんな話をしていて、ふと、気がついたことがあります。
娘は人に自分の思いを伝えるのが苦手。困っていることが言えない、わからないという特性があります。
小学校に入学してからこれまで、支援級には在籍していたけれど、学校という枠の中での支援には限りがありました。
また、当時は療育的な支援を受けられる場所が、地域にはない状態でした。
「このまま順調に学校に通い続けられるだろうか」
「いつか2次障害がくるのではないか」
という不安がいつもわたしの中にありました。
その不安を軽減するために、できるだけ娘に配慮しなければと、
張りつめた気持ちが常に私につきまとっていました。
昨年の後半は通常級に移るための練習期間中、
「いつかギブアップしてしまうのでは?」
とハラハラしながら見守っていた時期もあります。
しかし、娘が言いだした「通常級でみんなと一緒に」宣言。
もう先に進むしかないというプレッシャー。
そして学校を休んだあの日。
とうとうきてしまったか…とわたし自身が力尽きてしまった瞬間でもあったように思います。
(実際はそこからあれこれ動き始めたので、力尽きる暇はなかったのですが) 
不登校は子も親もそれ自体がストレスのかかるものです。
しかし同時に、学校に通っているあいだ抱えていたそれまでの、不安なりプレッシャーなりを
やっと捨て去ることができたという皮肉というか…。
そういう点では今のほうが親として太陽になれている気がします。