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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (14歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

け・ん・り

告知と聞くと、真っ先に思い浮かぶのは『がんの告知』です。

今はもう、そんな言い方はしないのかな?
昔、病院に携わっていた頃、
本人への『がん告知』はまだタブー色が残っていました・・田舎だったせいもあるでしょうか・・
私は告知には賛成派です。
自分にも、他人にも。
昔は『告知』と『治療』はずっと平行線に思えましたが、
今は『告知(つまりは診断) 』から『治療』に入るような印象があります。
・・今、ふと思ったんですけど、
子供の世界でもそのルートですすめてもらってほしいなあ・・・
例え2歳の子であっても、
「君には発達障がいという障がいがあってね・・」と、
大真面目に告知してほしいなあ。
(これは小児がんや白血病でもそう思ってしまう・・親に告知の時期や決断を迫られるのは荷が重いなあと感じます)
子どもだって、自分の体のこと、知る権利あるよね?
ていうか、いつも思うのは、
自分の体のことを真っ先に自分が知る権利あるでしょ?
と思うのです。
例え小さな子どもであっても・・
自分の体のことなのに、
親とはいえ、
カラダ的には他人である人間に
先に知らされたり、
時には隠されたり、
しまいにはだまされたり・・
それが自分だったら、めちゃくちゃ腹立つし、
うおおおおっっっ!!!・・って
暴れたくなりません?
(そう言えば  昔あったね  アバレンジャー
5・7・5 )
まあ、子どもに対しては、
年齢にもよるし、かなり乱暴な発言かもしれませんが、
だけど、病院に診察した時点で、
患者が子どもであっても、
すでに
医師と患者・・ですよね・・
小児科の、本人でなく何でも親から情報取るあの感じ・・
あんまり好きじゃないんですよ・・
だって、患者はこの子でしょ?
もちろん不足分はしっかりフォローして説明しますよ?
何ていうか・・もっと子どもを
『人』として扱ってほしいっていうか・・
乱暴かなあ?
それでもって、『告知』とか言う、
もっとデリケートな話になってくると、
『権利』
うーん、硬いなあ・・もっとこう、
『け・ん・り』みたいな?
そういうものを思い起こしてしまうのです・・。
とにかく、
子どもの病気や障がいに対して、
子ども自身が『知る権利』があるわけで、
子どもがまだ幼いからとか、
理解できないからとかでなくて、
年相応の言葉や態度で伝えればよいのではないかな・・
それを
告知するしないの判断や、告知そのものでさえ、
親まかせというのは・・
私には荷が重いなあ・・
だから、きっと
物心ついた頃から、
「君には発達障がいという障がいがあってね・・」と、
言い続けてくれたら、
自然にそういうもんだと受け入れるんじゃないかなって・・
さっき思いつきました。