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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (13歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

「死」を乗せた貨物列車

自分のこと

最近、母のことを思うようになった。


私がまだ家族と一緒に住んでいた頃、母は家の中の出来事を知っていたはず。
なのになぜ、何も言わなかったのだろう。男達の言いなりになっていたのだろう。
実は母がある意味、ひとつの鍵になっているような気がした。
それで、母に纏わるエピソードを色々と思い出していた。
 
幼い頃の母の記憶は、とにかく忙しそうな人。ピリピリして話しかけるのもタイミングを見計ってしまうほど。
もちろん常にではない。優しい母の姿も覚えている。
あとは、子どもの頃の母のイメージが、大人になってから覆される事は時々あった。
例えば、子どもの頃の母は、生き物に無慈悲な印象だった。しかし大人になってみると、実は生き物が好きな人なんだなと感じた。
そのギャップがなぜ生じるのだろう。
 
無慈悲な母の記憶。
 
昔、生家には犬も猫もいた。
猫は誰かが拾ってきたか、貰ってきたみたいだった。
2匹いたことを覚えている。ヨモの母猫と白黒の仔猫。
小学校に入学する前か後の頃、一緒に住んでいた叔父さんが車に猫達を乗せている。
「どうしたの? なんで車に乗せるの?」
叔父さんは一瞬バツの悪い顔をしたがすぐに笑顔で言った。
「貰ってくれる人が見つかったから届けてくるんだよ」
私は猫達が大好きだったので、本当は連れて行ってほしくなかった。だけど猫達を欲しいという人がいるなら仕方ないのかなと思った。
それにしても手放そうとしていたのは気づかなかった。
そして叔父さんの車を見送った。
 
何年か後になって、あの時の猫達は山奥に捨ててきたと聞かされた。
私が母に「あの貰われた猫達」の話をした時、呆れた声で真相を教えてくれたのだ。
とても驚いたけど、あの時の叔父さんの顔の謎が解けた。私は騙された事に悲しくなったし、猫達が捨てられた事にショックだったけれど、それでも山の中で、元気に逞しく走り回っている猫達を想像していた。
 
ある時、近所で猫の死骸を見つけた。
模様が白黒仔猫に似ていたので、もしかしたらあの猫…?と怯えた。そして心の中で念仏を唱えた。
 
その頃だったか、もう少し大きくなってからか聞いた話がある。
その猫達が捨てられる少し前の出来事だったのだろうか。
親猫が生んだ数匹の赤ちゃん猫を川に流したと聞かされた。
川に流されていく、まだ目も開かない赤ちゃん猫を想像した。悲しかった。
 
そんなふうな生き物の悲しい扱いが、時折見られる家庭だった。
これは今でなら色々と問題視される話なのだろうが、40年も前の、農村部ではそれほど珍しくない話かもしれない。
 
犬猫はベットというよりは生活の便利な道具であった。
犬は泥棒よけのため、猫はねずみ退治。
避妊手術も、犬の散歩もろくに見た事のない時代と地域の話。
人間様が生き延びるために、動物の命など二の次三の次であった、貧しく厳しい時代を生き継いできた人達の話だ。