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スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘 (13歳) と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

聞いてくれてありがとう

前回のブログでは、結果的に身も蓋もない話になってしまった気がして…

  

youtumugi.hatenablog.com

 なーんて思っていたら、にののさんのブログを読んで思い出したことがあるので、ちょっと書いてみます。

 

娘は12歳、高機能自閉症と呼ばれるものに位置していると思われます。

(医師からは広汎性発達障害と診断名がついています)

一見障害があるようには見えにくく、幼稚園時代は周囲にその事を伝えませんでした。

私個人としては正直なところ、娘の障害について大まかでもいいから話をして、娘のことを理解してもらいたい気持ちがありました。

しかし、療育センターの先生も幼稚園の先生も、あっさりでいいのではないか…という事でしたので、入園後の保護者会の時に、

「気持ちを伝えるのが苦手で」

「友達とうまく関われなくて」

…みたいな挨拶を、した記憶があります。

自分のお子さんについて、同じような事をおっしゃるお母さんもいましたが、

「いや、そんな軽いもんじゃなくて…」

と、少し歯がゆかった気がします。

幼稚園では娘に加配の先生をつけてもらっていましたが、周りの保護者には

「園全体のお手伝いをする先生」にしか写っていないようでした。

 

そして小学校入学。

娘が支援学級に在籍した事でやっと(?)、少なくとも同学年の保護者にはオープンと言いますか…

「あの子には、何かあるらしいぞ?」

というきっかけができたわけです。

幼稚園から母子共に仲良くさせてもらっていた子供たちが、協力学級に数名一緒だったので、

その子のお母さんたちに一人ずつ、

「うちの子、○○学級なの。よろしくね」

入学式にそう耳打ちしました。

(娘を理解してほしい気持ちはあっても、小学校入学を控えたデリケートな時期にお母さんたちに打ち明けるのは、精神的に余裕がなく、結局入学式当日になってしまいました)

 

支援学級に在籍した事、親しい間柄のお母さんたちに一言伝えられた事は、私の中ではとりあえず肩の荷が下りたような気がしました。

あえて私からあれこれ話すつもりはなかったのですが、もし娘のことを聞かれたら、できるだけ理解してもらえるように話したい。

その上で、できれば今まで通り子供たちが遊んでほしかったし、自然と離れるならそれはそれで仕方のない事だと考えていました。

 

私にとって一番懸念した事は、障害というものに対して遠慮したり、気を遣われる事でした。

娘の友だちが望まないのに、その子の親から、娘と一緒に遊ぶように仕向けられるのは避けたい事でした。

それならいっそ、離れてくれてよかったのです。

そのほうが、娘との関係をこじらせずに済むように思いました。

 

しかし、幸い(?)娘の友だちもお母さんたちも、今までと同じように接してくれました。

それは大変ありがたい事でした。

 

ただ…聞かれないのです、何も。

「どうして○○学級に行くことになったのか?」とか、

「どこか気になる事があったのか?」とか。

表向きの態度としては今まで通り。

でも何も聞いてはこない。

それは優しさからくるものだろうか?

それはもちろんあるのは感じています。

でも、それと同時に、「何かあるらしい」ものに対しての遠慮や気遣いが、間違いなくあったと思います。

 

それは当然なことかもしれません。

こちらからあれこれ話せもしないくせに、

「気にしないで聞いてほしい」なんて思うのは、

こちら側の甘えなのかもしれません。

 

でも一人だけ、ストレートに聞いてくれたお母さんがいます。

「どうして○○学級に行ったの?」と。

そのお母さんとは今でも時々会って、お互いの子供のことをあれこれと話し合っています。

 

昨年、娘は不登校になりました。

その時の私は、誰にも近づきたくなかったし、近づいてきてほしくありませんでした。

そしてさすがに誰も近づいてきませんでした。

それでも数か月して、少しずつ、娘が学校に足を運びつつある頃、

声をかけてきてくれ、話ができたのはやはり、そのお母さんでした。

 

聞く、というのは勇気がいることです。

その人を傷つけやしないか、悪い印象を持たれないかと、リスクを考えてしまいがちです。

それでもそうやって、私に声をかけてくれたそのお母さんの勇気に、感謝しています。