スペクトラムしい日々

自閉症スペクトラムの娘と家族、母の日常をゆらゆらと書き綴ろうと思います

・・・ふぁぃっ

中学校では、年に1〜2回ですかね、

プレゼンというか、グループで調べてまとめて発表する機会がありまして。

娘の大苦手な、大勢の前に立ち、大きくはっきりと声を出さなければならない、という試練の授業があります。

1年ごとにその試練を乗り越え、苦手意識もすこーしずつ薄らぎつつあったので、

「今年は最後だし、もう心配ないかな」

と、デンと構えていた母でしたが。

数日前に「やりたくないなあ」と、娘のぼやきが始まりまして。

まあ、お約束かな?って感じで、母も鍛えられたわよね……

「やりたくないかあー、人前で発表するのって緊張するもんね」

「まあ、練習通りやれば大丈夫だよ」

「今までもやれたし、ほんの数分間で終わっちゃうよ」

こんなゆるゆるな感じで、娘がぼやくたびに受け答えしてきました。

そして発表当日の朝。

起きてきた娘は、少しの緊張感を全身に纏わせつつ、無言で朝支度を始め、

「いってきます」ぽつりと呟いて、玄関に向かいました。

洗濯途中の母は手を休めて、

「いってらっしゃい」の後に、両手の握りこぶしを胸にかまえて、

「ふぁぃっ……」

ゆるゆるなエールを送ったのでした。

(小声がポイント)

 

o(・~・)o

 

絵文字にするとこんな感じかな?

 

それを見て、少しだけニヤリとした娘は学校に行きまして。

そして、発表では少し舌がもつれたようですが、大きな声も出して、無事に終えることができたようです。

 

o(・~・)o      …ふぁぃっ

 

プログラミング? Ruby? HTML? なんじゃそりゃあ!?

担任先生と、静電気レベルの火花の散らし合い (私が勝手に思い込んでいるだけかも) をかましてる最中も、高校見学や資料集め、ネットで検索など、情報収集に余念がありません (という事にしておく) 

 

とは言っても、全日制高校の学校見学やオープンスクールなどは、夏休み前後に予定されるみたいで、少し間があります。

 

高等支援学校はというと、学校見学は一部の学校を除き、1年生から毎年参加する機会があります。

すでにめぼしい場所へは足を運んでいるので、あとはまだ済んでいない学校の教育相談に行く事。

担任先生の都合のいい時期を選んで予約してもらいましたが、これもまだもう少し先。

オープンスクールをされている学校もありますが、珍しいんじゃないかなという印象です。

できれば、高等支援学校にこそ、そういう機会があるといいのにな…… とも思います。

やはり学校見学や学校祭などを見に行くだけでは、学校生活をより実感するには弱い気も…… しますね……

 

とにかく、なので、今は通信高校のオープンスクールにしげしげと足を運んでいるのです。

4月から毎月1回のペースでやっている学校が多いようです。

しかし、日程がかぶっていて比較できない学校もあるのが残念です。

そういう場合、学校見学という形で授業風景を見させてもらう方法もあるようです。

何にしても、通信高校は個別相談を受けて、子どもと相性のよい学校かどうか、じっくり話せるのがいいなと思いました。

 

でもまあ、支援学級に在籍しているので、全日制を受験するとしても、個別相談はしてもらおうと思ってますけどね。(その時点で難色を示される場合もあるでしょうし)

 

そんな中、娘と進路について話す機会も増えてきました。

私が確認したいのは、

高校に入ってやってみたいこと、

今、興味のあること、好きなこと。

 

あとは、高校選びに向けて行動しながら、今の時点での情報や、親としての感じかた、考えを伝えること (あくまでも押し付けではなく第三者的な情報として)

 

まあ、親としては、娘が

「これが好き!楽しい!」

「これをやってみたい!学びたい!」

と思えるものがあると、本人のモチベーションや心の支えには、とても強いと思いますし。

普通高校を卒業することと、高等支援学校を卒業することのメリット・デメリットはどうなのか。

それ以前に、娘にとって学ぶことはもちろんですが、どの環境で学校生活を送るのが、娘の成長や自立を促せるのか。

その辺りをできるだけ見落とさないように、できるだけ早く(焦らずに) 目処をつけたい…… ところではあります。

 

そんなの、入ってみないとわかんないんでしょうけどね。

とりあえず、今できることのベストは尽くしたいわけで。

 

それで、折に触れ、そんな話を娘と話題にするうち、

「イラストが上手になりたい」

「パソコンの仕事がしたい」

そんな言葉もちらほら出てくるようになりました。

 

お? おおお!?

 

イラストに関しては、以前から描いていたし、漫画もよく読んでるのでわかる。

 

パソコンの仕事が…… って、やっぱ、ユーチューブとかよく観てるから?

やっぱ、好きなものは普段の生活に現れてるものなのかな? (動画漬けの毎日)

 

なんか、私なんて昭和な人間なので、平成の子どもはゲーム好きだし、パソコンやタブレットスマホや、そういうの大好きそうだし、

「ゲームを作りたい」とか、

「パソコンの仕事がしたい」とか、

「ユーチューバーになりたい」とか、

多くの子ども達が抱きがちな「夢」とか「憧れ」とか「目標? 」なんだろうなと感じていて。

逆に言えば、聞き慣れた言葉とも言えるのです。

 

だけど、実際は難しそうだし(私がな)、なりたいからといって誰でもなれるわけじゃないし、仕事にできるほど身につけることができるのだろうか?

 

…… そんなこと、どんな仕事でも言えることなんですよね。

 

少なくとも、直接人と関わる仕事じゃないのは、娘にとっては気が楽なのかなと思ったり (生きていく中で人との関わりは、避けて通れないですから)

 

それで、パソコンの仕事ってどんなのがあるんじゃ?と調べてみると、

『プログラミング』という言葉が気になりまして。

 

その言葉を調べているうち、

『2020年には小学生の義務教育にプログラミングが導入されることが決定』

しているらしい…… 全然知らんがな……

 

けっこう、現実的に押し寄せてきている世界なのかしら……

その御多分に洩れず、娘もその流れに乗っているひとりなのかもしれません。

 

アナログな私にとっては、まだ胡散臭さを感じてしまう世界ですが、そんな古い人間を尻目に、娘もどんどん波に乗っていってほしいなあ……

 

そんな世界は、高等支援学校 (知的障害) には見つからないものね。

やっぱり、通信高校かなあ……

でも、コミュニケーションの苦手さがなあ……

好きなこと、学びたいことが、そこを後押ししてくれるといいんですけどね……

 

というわけで、まだまだ続くのであります。

結の行方(登校刺激の頃の記録から)

今週は体育のドッヂボールで、娘がボールを取りに行く構えをしていた。

 

金曜日の放課後、先生が娘に
「頑張りましたね、来週もおいでね」「あ、はい」
先生の声かけにハイハイと返す相槌が、何となく軽々しく感じられて
「とりあえず『はい』って言っとけ、って思ってたでしょ」と聞いてみると
「そうだよ」
だって。
そのふてぶてしさが逞しい。
 
月曜日。
今日は天気も良いし、早起きもして時間に余裕があるので、歩いて行かない?と提案してみた。
んー…と言ったまま、ウンともイヤとも言わない。
結局、歩いて間に合う時間が過ぎつつあるので
「車で送ろうか?」と言うと、少しホッとしたように「うん」と答えた。
車で学校のいつもの駐車場に停める。
いつもは当然のように、何も言わず、一緒に車を降りて玄関へ向かうのだが。
「今日は教室までついていったほうがいいかい?」
とりあえず、教室の「なか」には入らない前提で確認した。
「んー、どっちでもいいや」
「わかった。じゃあ玄関までついていく?」
「…いいや」
「よし、じゃあここでだね。いってらしゃい、帰りにね」
娘は返事もせず軽く微笑んで、玄関に向かって歩いて行った。
一度もふり返らず、立ち止まらず、前かがみではないまっすぐな姿勢で。
その姿を、私は見えなくなるまでじっと見つめていた。
最後に見せた表情は、穏やかそうに見えた。
 

必殺!猫パンチ!

中学3年生になり、さらに受験の二文字がちらつきはじめたせいか、

なんとなく、担任先生の意気込みのようなものが、ジワリと滲み出るのを感じるこの頃です。

 

お便りには、ため口禁止、敬語を使う、ひとつの指示だけでなく複数の指示を聞いて行動できるように……などと書かれており、

「友達同士でもダメなんかい」

「複数の指示をこなせるなら苦労せんわい」

と地味なツッコミをひとり、心の中で呟いております。

 

「細かい事を言えばきりがない」

うちの子達が学校生活を送る中、どの子に対しても、そう割り切りながら見守っていた部分はあります。

だからこそ、ここぞという時には、行動に移してきたつもり……ではある……のですが。

 

担任先生とやり取りする連絡欄には、学校での、娘の微笑ましいエピソードも書かれており、ありがたい気持ちにもなるのですが。

以前はわりと多いと感じていた、肯定的な表現から、少しずつ否定的な表現に変化している、もしくは増えている印象があります。

 

これまでは、「細かい事を言えばきりがない」気持ちもあり、

「信頼関係があれば、娘が関わりを持つ大人の中で、厳しさを持つ大人がいてもいい」

「学校は、家庭や放課後等デイよりも、現実の厳しさを実感できる場ではあるだろう」

くらいに捉え、あえて努力して目をつむっていた時も、ないとは言えなかったのですが。

 

やはり反応を示さないことには、相手も「これでよし」「了承済み」のように受け止められてしまうんだろうなあ。

 

それが私の、一時的な引っかかりで終わればいいのだけど、

娘にとっては、担任先生に対する違和感や不信感が、さらに増えることになるかも?

 

そして担任先生の中で、娘に対する誤解のようなものが、そのまま認識されてしまう?

 

そのような思いの中、

なので、

「細かい事を言えばきりがないけど言っておこう」

と考えを改めました。

 

担任先生からの欄に、「ん?」なるものを見つけると、

家庭からの欄に、クドクドと……いえ、淡々と、

解説したり、弁解したり、親としての思いを伝え返すわけです。

 

そして翌日、その返事を読む前の緊張感ったらないですね………

一体どんな返しが待ってるんだろうと思うと、心臓バクバクのチキンハートなんですが……

案外、こちらの猫パンチは軽くかわされ、違う話題にすり替えられてたりするので、かなり手強いかもしれません。

 

まあ、いつまでパンチし合ってても拉致があかないので、ほどほどで切り上げようと思いますが……

ただ黙ってパンチされてるだけじゃなく、受験生だからこそ反旗をひるがえす必要があるのかなとも思います。

 

が、がんばるニャ!!

ぼやきのつむさん(そうだん編)

娘の進路の事や、担任の先生との関係で悩むようになり、

それまでは放課後等デイのスタッフさんに、時々相談したり、話を聞いてもらったりしていたのですが。

 

そう言えば、相談する場所があったじゃないの。

存在感が薄くてすっかり忘れてたけど…

 

放課後等デイサービスなどの福祉サービスを受けるにあたり、利用者は相談支援事業所と契約し、云々かんぬん…

って感じの場所。

 

かれこれ三年以上、継続してきたのになんで存在感が薄いかというと、

モニタリングは電話10〜15分程度の話し合いで、面会もないし、こちらも形式的なものと思っていたしで。

相談らしき事をする気も起きなかったんです。

また、相談したところでどのくらい対応してくれるのかも謎だったし。

 

それでも「そんなもの」と思っていたんですが、

ある時、ひょんな事で

「ここはもう切ろう」

と思い、別の事業所に乗り換えちゃいました。

 

そして次の相談支援事業所。

今度は、娘を連れてそこのスタッフさんに会ってきました。

色んな話をして、色んな話を聞いてきました。

娘は少ししか話さなかったけど、ずっと話を聞いていました。

 

こういうのって、何だろ、

地域性とか、どれだけ動き回ったとかじゃなく、

支援してもらえる人には、会える時には会えるのかな。

こういうのを縁がある、って言っていいのかな?

 

だけど、

味方を作るにはある程度の努力が必要だし、

味方になるにも努力が必要ですね。

 

当然の事を今さらなんですが、

これからは私だけじゃなく、娘にとって安心して何でも相談できる場所になってほしいと思います。

 

ぼやきのつむさん (たんにん編)

若干ハラハラだった修学旅行も、出発の朝に見送った時点で

「大丈夫」

と思ってはいたのですが。

やはり学校に到着して出迎えた時の、何かをやり遂げた?ような安堵の顔を見て、

「行けてよかった」

と母は思いました。

本人からは何も言わないし、私も根掘り葉掘り聞かなかったんですけどね。

飛行機が面白かったとか、旅館のご飯が美味しかったとか、そんなたわいのない話。

 

しかし、担任の先生とは何となく距離を置いてしまうのでした。

会話や文章の端々に、少し引っかかりを感じてしまったり、

言葉の裏を読んでしまい、一人で勝手に疲れています。

やはり信頼を失うという事は、こうも心が離れてしまうものなのですね。

 

不器用さとか、実力の無さとかを責めたいのではなくて、

むしろそれは二の次でいいんです。

何より欲しかったのは、誠意とか寄り添ってくれる気持ちだったように思います。

そもそもコームインにそれを望むのが間違いなのかな?

 

そんなに大きな事を期待してたわけじゃないけど…

人と人が繋がるための、基本的なものは持ち合わせていると信じなければ、

関係なんて作れませんよね。

 

プライドの下げにくさや、どこからくるのかわからない自負のかたまり…のようなもの。

相手のプライドを保つために、こちらが我慢する必要はないのかなって。

 

「こりゃあかん」と思ったら、

迷わず切るべきなのかもしれない。

まあ、切れる相手ならいいんですけどね。

憂鬱な修学旅行(やっぱり)

中学校生活で最大とも言えるメインイベント、修学旅行。

そんな季節となりました。

修学旅行については、2年生の3学期から少しずつ話し合い、準備が行われます。

それ以前に、担任の先生から、グループ行動や宿泊部屋などは、支援学級のみの構成でやると聞いていたし、

(そのほうが娘は安心して行動できる)

小6の修学旅行はギリギリまで説得したものの、結局参加できなくて、後になって「なんで行かなかったんだろう」と後悔していたので、

今回こそ、楽しみに、そして楽しく過ごせることを、信じかけていたのですが…

 

数日前、

「修学旅行、行くのヤダな」

とポツリ。

ふぇ!?!? と、耳を疑いましたよ。

(疑いたい願望)

 

で、

時間がゆっくり取れる時に詳しく聞いてみたんですよ。

 

すると、いくつか心配な要素が出てきたので、アドバイスしたり一緒に考えたりして、大まかには解決したんです。

 

それで、話し合った事を、一応担任の先生にも連絡しておくねと話したんですが、

自分で言えるなら直接言ってみたら? と勧めたんですよね。

(できれば自分の口から伝えてほしい)

 

しかし、どうやら担任のことは苦手らしい…

という事が、今になって判明したわけです。

 

いや、何となく、そんな気もしてたんですよ。

 

昨年度の後半から、連絡帳には時々、

娘の苦手さに関する報告が、チクチクと書かれたりしました。

それでふと、娘は担任のこと、どう思ってるのかな? なんて、新学期になってから気になってたんです。

 

昨年度の後半くらいから、

コミュニケーションがうまく取れない、

質問に対して返事が遅くうまく返答できない

指示したことが実行できない、

わからないことを質問できない、

などの指摘をされるようになりまして。

 

そう連絡帳に書かれましても「その通りですが何か?」と言いたくなってしまいました。

(言ってない)

だから、これまでもずーーっと、それを踏まえて関わり続けているのですが?

 

先生はそれらの事を、

娘がどうしてできないのか考えた事はありますか?

どうすればできるようになるか考えてくれてますか?

そこまで求めるのは、学校では無理ですか?

 

なんか、修学旅行、嫌なら行かなくてもいいよ、と言いたくなりました。

でも、その事ですべてを諦めるのは何だかもったいないくらい、

修学旅行はいい経験ができると思っているので。

 

もしまた渋ったら、

「大丈夫だよ、行けばなんとかなるから、行っておいでよ」

と言うつもりです。

 

しかし学校に関しては、もし担任と顔を合わせるのが苦痛なら、

「行きたくないなら、学校休んでもいいよ」

と、難なく言えてしまいそうな母がいまして。

 

あんなに不登校を恐れていて、実際、不登校になって心が折れていた頃に比べると、

随分、大人になったなあと自分を褒めてます。

(褒めちゃいかんところ?)